「繁盛店には五味、五感、五色がありますよね」
アートディレクター/グラフィックデザイナー/タイポグラファー
茂村巨利さん:茂村巨利デザイン事務所代表
福岡を拠点に九州、全国でアートディレクションとデザインワークを手がける「茂村巨利デザイン事務所」の代表 茂村巨利さん。その人並外れた芸術センスは、企業広告はもちろん月刊誌や書籍のアートディレクション、企業&商品ブランディング、店舗のインテリアデザインやプロダクトデザインなど幅広い分野で求められている。今回も料理に舌鼓を打ちながら「飲食とデザインの関係性」をテーマに話を聞いた。
聞き手:魚男
<取材日時>2020年11月14日
魚男 飲食におけるアートとデザインの世界を茂村さんはどうとらえていますか?
茂村 僕、その昔、料理の勉強をしたことがあるんです。西中洲のイタリア料理教室で7年くらい。料理ってやっぱりクリエイティブと一緒なんですね。まずは想像しながら段取りを考える。それがデザインなのか、料理なのかというぐらいで、ほとんど同じことをやっている感じがします。ただ、料理教室に通って、料理とデザインの違いがわかりました。それはやっぱり、香りとか音。例えば、にんにくの香りとか揚がったときの音とか。そうゆうタイミングみたいなのは料理って絶対にある。そこが違うくらいで、感性の部分、いわゆる五感で感じる部分はアートやデザインに置き換えられますよね。
魚男 魚男は内装や器、調度品などもこだわっていて、店内にはモダンアートがあります。こういう空間はお好きですか?
茂村 お好きです(笑)。店舗のインテリアデザインをするので、自宅もインテリアにすごくこだわっています。やっぱり居心地のいい、癒される空間をつくりあげる点は、家も飲食店も同じかな、と。適度にデザインされた統一感のある心地いい空間、いいテーブルとイス、いい食器が並んで、皿の上には美しく盛り付けられた色とりどりの料理—。そういうプラスアルファ、付加価値は人生に必要ですよね。働くお父さんたちがよく「家に帰りたくない」とかいうじゃないですか。そうならないためにも「帰りたくなるような家にしよう」という発想は大切だと思います。自分が人を招きたい空間にすると楽しい毎日なる。その視点はお店づくりにも必要ですね。
ファーストドリンクは冷凍みかんサワー(右)&ひとくちドリンクレモンサワー
鴨とシャインマスカットのサラダ
魚男 魚男はBGMをTOWA TEIさんにセレクトしてもらっています。
茂村 それって、すごいことですよ! 音楽・音について言うと「無音ほど怖いものはない」と思ってます。ノイズ・リダクション機能のついたヘッドホンで音楽を聴いた時、楽曲以外はほぼ聞こえなかった経験があって一瞬「スゴい」と思いましたが、その後に不安と恐怖を感じた。
グラフィックデザインの中でPCを使ってグラデーションをつくるときにも、PCの中でのグラデーションには全くノイズがないので、出力や印刷をすると「変な境い目=線」が出てしまいます。
私たちの生活の中の空気中には、目に見えない「チリやホコリ」があって、それを通して様々なものを見ています。その「チリやホコリ」が、いい意味でノイズとなって綺麗な朝焼けや夕焼けの空のグラデーションを感じています。なので、僕はデザインをする時にデジタルでつくったグラデーションには、あえて「ノイズ」をかけて印刷しています。すると、キレイなグラデーションが表現できるんです。
写真もデジタルになってアナログ感がなくなり、グラデーション幅もフィルムより短いから、写真に深みがなくなってしまったと感じています。カメラマンによっては最後にノイズをかける方もいらっしゃますね。
音楽も同じように感じています。 昔のアナログ・レコードはプレス時の環境が悪かったので、「チリやホコリ」も一緒にプレスしていました。あの、針を落とした時の「プチプチ音」です。現在のプレス機はほぼクリーンルーム状態でプレスをしているようで、あの「プチプチ音」はしなくなったみたいです。デジタルのCDと同じですね。CDもレコードと比べると音域が狭くなってしまってます。レコードと出る低音と高音に限界があるんです。
その点でいうと、飲食店はデジタルというわけにはいきませんよね。食器の触れ合う音、お客様の会話、流れる音楽。それに加えて料理の香りや匂い。五感全てを提供できる、アナログを感じる素晴らしい空間を提供していると思います。レコードの「プチプチ音」や空気中の「チリやホコリ」と同様に、良い意味での「ノイズ」を感じる場所には、人を安心させる役割があると私は思っています。
海老・南瓜・銀杏の海老味噌グラタン
魚男 飲食店の場合は、店の「雰囲気」、いわゆる装置の部分と「料理」という表現があって、そのどちらを立てるかで大きく世界観が変わってしまう。どっちがいいんですかね? 雰囲気なのか、料理なのか。
茂村 それは比例しなければならないと思う。バカラのグラスを使っても、中身がたいしたことなければ別にそれで飲む必要性はない。牛乳を飲むのに使ってどうする(笑)いい食器って触感が違うんですよ。グラスだったら唇が触れた感覚が全く違う。だから、中身と比例したほうが正解ですね。盛り付け、味、香りも含めて「目で食べる」わけで。繁盛店にはきちんと五味、五感、五色がありますよね。
イカとアスパラのいしるバター焼き
アフターコロナで生き残れるのは「本物」だけ。
魚男 惜しくも新型コロナウィルスの影響によって飲食業界がダメージを受けているなか、アートとデザインの業界でもその「かたち」や「あり方」は変わっているんでしょうか?
茂村 変わってる気がします。世の中がロックダウン状態になったときから「アートやデザインの力で何ができるか」と考えていました。その一方で、仕事がキャンセルになったりして。コロナ禍で僕が感じたのは、これからはどのジャンルも「本物」しか残っていけない、ということでした。
魚男 問われるのは「本質」だということですね。
茂村 たとえば、これまでは同じデザイン仕事を1万円でやる人も10万円でやる人もいて、今までは1万円でやる人も食べてこれたけど、仕事を任せる側からすると「10万円払ってもいいものつくりたい」という、そっちにシフトしていくんじゃないか、と。「任せる」とは「信用する」とイコールなんですよ。いま飲食店もその「ふるい」にかけられている状況かな、とはすごく思います。
魚男 結局は本物しか残らない。本質的なものが何かをちゃんと理解して商売してる、取り組んでいる人たちが残るけれども「確固たるもの」が見えないところで伝わらなければ選ばれないということですね。
茂村 あとはね、「お客さまファーストであるか」という点です。本当にお客さまが求めているのはそこなのかな、と疑いたくなるぐらい、己の世界観を出すところは消えていくでしょうね。デザインの世界では「デザインドクター」という言葉もありますが、お客さまとちゃんと向き合って診察(=ヒアリング)し、きちんと処方(=提案)ができる人が残っていく感じはします。
馬肉生ハムと洋梨・蓮のマスカルポーネ白和え
ひとつ抜けた得意技があれば差別化できる
魚男 もうひとつは個人店が「本物」になるためにというところで、今からなりたいという人たちは何を目標にやっていけばいいのかわからないというところです。ブランディング視点がないと、ただ店をオープンしてもうまくいかない。そういう意味では飲食業界の中では今まで以上に商業デザイン的なところのマーケットも広がるんじゃないでしょうか。
茂村 飲食店もデザイナーも一緒だと思うけど、平均点70点を全部とるタイプなのか、それともひとつ飛び抜けたすごいものがあるのかというところだと思います。 どちらかというと、ひとつ飛び抜けたものがあるとそこから派生するものもあるので良いかな。得意技があると「差別化」できるので、それがあれば強い気がする。オールマイティなお店ってやっぱりどこにでもあって。東京でも「専門店」というのは特化していて、他との差別化がしっかり見えている。
デザイナーも、グラフィックもできる、写真も撮れる、映像もできる、イラストも描けるってなると、それはそれで素晴らしい。だけども、突っ走って何かひとつ突き抜けてしまえばゴールはおのずと見えてくるんじゃないでしょうか。たとえば、柔道でも、組んだら絶対背負い投げができる人なのか、たまたまできる人なのかというところは全然違ってくる。得意技があるほうが僕はいいのかなという気はします。
里芋 黒七味揚げ
大蛤酒盗煮
魚男 「差別化」という点では「博多炉端」というひとつの形はできているとは思います。さらにフィッシュマンが「もう一歩先の世界」へ行くためには、どうすればベターだと思いますか?
茂村 この間、妻と一緒に来ました。そのとき感じたんですが、いまはお客さんの年齢層が低めなので、もう少し年齢が高い人たちが集まると料理もまた「一歩先」に変わってくるのかなぁ。ターゲットの年齢を高く設定するのか正しいのかどうかは、素人なので正直わかりませんね(笑)。ただ、オンラインとオフラインでのいろんな取り組みを見ると、オーナーの森さんは、年齢層ではなく、お客さんの「質」を高めるマーケティング戦略にすでに着手しているとは感じますね。
魚男 今度会ったらネホリハホリ聞いてみます。今日はありがとうございました。
茂村巨利(しげむら・なおとし)/1969年生まれ
福岡県生まれ。1992年九州産業大学芸術学部デザイン科インテリアコース卒業。山口至剛デザイン室を経て、2005年株式会社GA TAP入社。2011年茂村巨利デザイン事務所設立。
日本タイポグラフィ年鑑2019【グランプリ】【ロゴマーク部門 ベストワーク賞】九州アートディレクターズクラブ【K-ADC AWARD ベスト9賞】日本タイポグラフィ年鑑2000、2002、2003、2004、2005、2007、2008、2009、2010、2011、2012、2013、2014、2015、2016、2017、2018、2019、2020入選/TOKYO TDC VOL.19入選/2004熊日デザイン賞ポスター部門2席/CREATION AWARD 2004 優秀賞/2007西日本新聞広告大賞[西日本シティ銀行賞]優秀賞/第62回広告電通賞[九州地区優秀賞]/2010年・第61回全国カレンダー展[文部化学大臣賞]/第49回福岡広告協会賞SP部門・銀賞