食にまつわるエトセトラvol.5

「耳と鼻のエンタメ論」

栗田善太郎さん:ラジオDJ/ Bigmouth WEB MAGAZINE編集長

学生時代にラジオ業界に足を踏み入れ、制作ADから人気ラジオDJへ。番組制作の分野でも過去に2つの大きな賞を獲得している。マルチな才能を生かして積み上げたキャリアはおよそ30年。50歳を迎えた栗田氏は斜陽産業とも言われている業界に身を置きながら、今、何を考えているのか。「目」と「口」から入る情報に依存しがちな今のメディアのなかで、「耳」と「鼻」のもたらすエンターテイメントの可能性について大いに語ってもらった。

聞き手:魚男 <取材日時>2021年5月8日

魚男 4月で50歳、ラジオ業界に関わっておよそ30年だそうですね。

栗田 そう。学生のときの制作ADの時代も含めると30年くらいですね。

魚男 今、ラジオ番組のレギュラーは何本もってらっしゃるんですか?

栗田 3局でレギュラーは4本かな。合わせると週に17時間くらい喋ってます。

魚男 そんな福岡のラジオ界では皆さんご存知の栗田善太郎さん、くりぜんさんですが、ラジオDJはもちろん、番組制作やナレーションのお仕事をされたり。あとは2019年からオウンドメディア「Bigmouth WEB MAGAZINE(ビッグマウス ウェブ マガジン)」を開始されましたよね。始めたきっかけは?

栗田 ラジオって、今でこそ「radiko」の「タイムフリー」とかありますけど、やっぱり「聞き流すメディア」ではあります。後から、情報をもう1度知りたいという人たちに対しては、とても不親切なんじゃないかな、と感じていて。流しっぱなしでもいいんだけど、自分も改めてその情報を欲しいなって思ったときに探してみても、やっぱりなかなか見つからないんです。テレビもオンデマンド配信がメジャーになってきたし、「radiko」の「タイムフリー」も「1週間限定」っていうのが不親切だなと思っていたので、残せるものはできるだけ多く残しておきたいと考えたんです。それにはやっぱりWEBがいいだろう、とスタートしました。

魚男 なるほど。編集長としてミュージシャンへのインタビューや音楽、映画、写真、食などのエンタメ情報を中心に発信されています。ユニークなコラム執筆陣もこのメディアの強みですよね。アーカイブの中には、このFISHMANのBGMをセレクトしている、TOWA TEIさんのインタビューもありました。

栗田 はい。TOWA TEIさんインタビュー、おもしろかったですね。「コロナ禍に何してたか?」っていうのは、最近は誰にでも訊く話なんですが、彼は「とにかくレコード聴いていた」っていうのがおもしろかった。あと、自分のことDJとおっしゃるんですね。でも僕らからすると「ミュージシャン」であり、「作り手」というイメージなんです。でも、TOWA TEIさんが最初に意識してるのは「聴き手」の存在なんだな、と思って。そこは”「喋り手」である前に「聴き手」であれ”という僕らの職業にも通じる点でした。

 

魚男 なるほど。飲食でいえば「作り手」である前に「食べ手」であれ、ということですね。くりぜんさんは番組制作もするので当然ながらご自身で曲をセレクトしますよね。独自の「音楽の聴き方」ってありますか?

 

栗田 音楽だけじゃなく映画や芝居、小説でも一緒なのかもしれないけど、何か表現された作品は、最初の印象、いわゆるファーストインプレッションと、聴き込んでみての印象、あとは寝かせた後の印象っていうふうに、大雑把に言うと3回ぐらい楽しめるものだと思ってます。それをやるかやらないかはその人次第だし、時間のある人じゃないとできないんだろうけど(笑)。それだけやっぱり自分の耳とか経験っていうのはとても曖昧で幼いものなんですよね。

 

魚男 うん、とてもおもしろい。

 

栗田 歳を重ねたり、いろんな経験をしてまた同じ作品を見たり聴いたりすると印象が変わったりする。それぐらい作品って「作って終わり」じゃなくて、リリースされた時点でその後も変化し続けているんだな、と。それがなんか最近楽しいなと思ってます。昔聴いて、つまらなかった曲も、時を経て聴くと、グッとくるものがあったりとか。演歌やブルースなんかも。自分の変化とともにそうなるのがおもしろい。だから、いつでもどこでも「耳」さえあれば、じゅうぶん楽しめるのは間違いないです。

 

魚男 なるほど。そういう曲の中でも厳選されて「残っていくもの」ってありますか?それがつまり番組内でセレクトするものになるんでしょうけど。

 

栗田 ラジオでは不特定多数に向けて、できるだけ最大公約数を目指すのが公の放送で喋る使命だと思ってます。独りよがりなものになってはいけない。僕らはいわゆるキュレーターで「人が作ったものをうまく並べ変えること」で違う印象や刺激を与えるという役割なので。自分が本当にゴリ押ししたい曲は、各所に散りばめるみたいな方向にはなってきています。

 

魚男 まずは聴き手側にもたらすエンターテイメントを考える、と。

 

栗田 そう。昔は、飲食店でいうなら「間口の狭い店」でいいと思ってたんですよね。好きな人だけ来ればいい、と。でもこのコロナ禍を経て「間口は広くて、奥に長い店」にしたいな、と。自分がやってきたことを、こんなに必要としている人がいるんだなっていうのを改めて実感したのは、このコロナ禍かもしれない。ラジオのような音声メディアに接触している人は、日々忙しく働いてる人たちばっかりです。ただ、最近は「目」から入る情報と「耳」から入る情報をセパレートできる人が増えてきた。だから、短い時間なりに多くの情報を得るために、「目」と「耳」の両方を使うっていう器用な人が増えてきたので、音声メディアはとてもおもしろくなってきたな、と。

 

魚男 最近はラジオを聴く若者も増えている。

 

栗田 そのなかには時間を有効に使いたい人たちも多いですよね。僕自身も新聞を1から10まで全部読む時間があればいいんだけど、それがもったいないから、朝、ラジオを聞きながら犬の散歩してますもんね。若者たちもそういうふうに使うようになれば、音声メディアの未来はまだまだ捨てたもんじゃない、逆に可能性があると感じています。

 

喋り手として「できるだけ言葉を少なくする」

魚男 「技術の進歩」と同時に「時代の変化」もあり、人間も進化しているということですね。では、ラジオDJ、喋り手としての変化はありましたか?

 

栗田 そうですね、喋り手としては「できるだけ言葉を少なくする」っていうところにたどり着きました。

 

魚男 少なくする? なぜ?

 

栗田 自分自身が、意味のないダラダラとした話が嫌いだから(笑)

 

魚男 ラジオの喋り手は、「俺が俺が」と俺の話をする人たちが特に2000年代、増えた印象があります。

 

栗田 そうだね。でもそういうのは要らないかな、と。バトンはやっぱりすぐ返すべきだろうと。

 

魚男 なるほど。自分は話を回すことに集中する、と。

 

栗田 今の人気のラジオ番組って、だいたい「お笑い芸人さん」がやってるんですよね。話術では芸人さんには敵わないし、たいして自分からおもしろい話なんか出てこない。僕はラジオDJだから。

 

魚男 でも、自分自身が表現しないといけないときはやっぱりありますよね。そういうときは話をどうやって組み立ててるんですか?

 

栗田 事前に組み立てることはもうなくて、流れにまかせるというか。これまでの蓄積とずっとインプットし続けているおかげで対応できるんですね。精神的にも焦らない年齢になってきた。自然に話し出したら、見事にオチがつくんです。頭であんまり筋書きを考えないで、割と柔軟に、ニュートラルに、その場にいることによって、割と良い着地点につく確率が上がってきている。聴いている側からすれば「用意されてた道筋の話じゃないな」っていうふうに思ってもらえると思うし、台本のない話のほうがやっぱりおもしろい。相方がいれば話が横道に逸れて着地することにもなるだろうけど、それに対しても、自分さえニュートラルでいれば、結果としてディレクターの意図していることだったり、「なぜこのゲストがこの番組にこういうブッキングがされているのか」みたいなことも含めて、みんながハッピーになる着地点につけるようになったのかな。

魚男 話に夢中になりすぎてすみません。カンパイは「ひでじビール」の「栗黒」で。

 

栗田 うん、これ香りが楽しい。酒ってつくづく香りなんだね。味はそんなに変わらないんだよね。舌で感じているほど、甘くはないんだよ。鼻が感じてるんだよね、香りを。

魚男 この新作オリジナルカクテル「和の香」には山椒が。いや、これもまさに香りの世界。オリジナル山椒ジンのフレーバーを引き立ててるな。食事についてはどうですか?

 

栗田 食事もたぶん見えないものに興味が向いていく感じじゃない? 目で見て綺麗なものとか美味しそうなものは圧倒的で、その瞬間はたしかに楽しい。


十五穀米をズワイガニの出汁で炊いた「ズワイガニの飯蒸し」


魚男名物の原始焼き「ぶりかま」。パリパリふっくらは焼きの腕のみせどころ

 

まさかこんなところでドラゴンボール?「願いが叶う魚男のつくね」

 


焼き目が香ばしい「穴子の白焼き」。味付け海苔で巻いて食べる

 

魚男 「味」って実は「香り」なんですよね。鼻が利かないときにする食事って、なんか味気ないというか。

 

栗田 今は「目」から入る情報と「口」から出す情報でコミュニケーションの最大化を図ろうとするメディアがほとんどだけど、僕は「鼻」と「耳」を生かしたほうが良いと思う。

 

魚男 「匂いフェチ」ですか?

 

栗田 フェチではないけど、目からの情報に普段慣れてるから。今は基本的に世の中が「無味無臭」っていう感じ。匂いを消そう消そうとするからから、余計惹かれるんだと思う。


こちらも焼き加減が命。肉と血の香り。ネギ塩で楽しむ「牛タン炭火焼」

 

魚男 おもしろい。目と口に頼りすぎている、と。その点では「匂いや香りをいかに喋りで伝えるか」という部分に挑むのは、ハードルが高いかもしれないけど、「やりがい」もあるのかもしれないですね。

 

栗田 「見えないもの」で伝えてるわけだから、「見えないもの」を表現するほうが自由度は高いと思う。

 

魚男 大きいところからだんだんと小さいポイントにフォーカスして喋ってあげると、臨場感もあるし、リアルに思い浮かべやすいですよね。そういう風に喋る「表現力」は最初からありました?

 

栗田 ないない!とにかく、日々の生放送でやることが多いから、リアルなリアクションがあるかないかの積み重ねで、感じ取ってることが多いかな。結局、「見えない情報」を出してあげるほうが、人は引っかかるのかも。あとは自分のファクター(要素)を出せば自分の匂いがついて、そのほうが人に伝わるってことがわかってきた。「青い空」ではなく「18歳の夏、見上げた青い空」のほうがそれぞれのイマジネーションが働いて感情移入しやすいですよね。そういう表現力の「引き出し」をいくつもてるか、その瞬間に「引き出し」開けて「心を動かす言葉」を選び取ることができるかが、プロとしての力量ですね。ただアウトプットのためには常にインプットして整理しておかないといけない。でも、うまく喋ることが必ずしもゴールじゃない。要は心を動かすかどうか。

 

魚男 なるほど。エンターテイメントという切り口で言えば、飲食店の店員さんが料理もってくるときに「この香りをぜひ味わってください」という提案はもっとあってもいいのかもしれませんね。ラジオでは「香り」について言及するとかはあんまり聞いたことない。

 

栗田 表現としてはむずかしいから。その名手は日本では発酵学者の小泉武夫さんぐらいじゃない?

 

魚男 たしかに。他の追随を許さない表現力。ちなみに「香り」「臭い」っていう言葉は使い分けてますか?

 

栗田 言葉としては違うよね。香りってやっぱり良いものに言うイメージが強い。でも結局のところイマジネーションを膨らませることが楽しいっていうのは、クリエイティブな人は誰でもそうだと思う。でもそれを、あまりにテレビが全部やりすぎたんだよね。「押し付け」が強くて、イマジネーションの隙がなくなって、おもしろくなくなってる。だから映画も、誰が見てもちゃんとストーリーがわからないとダメみたいな感じになってますよね。でも実際、そうでもないし、それも求めていない層もいます。

 

魚男 エンタメ性っていうところの「劣化」というころですかね。

 

栗田 劣化は甚だしいよ、やっぱり。

 

魚男 イマジネーションを働かせてこそのエンタメですよね。

 

栗田 そう。まさにテレビを見る人が減ってきたのが、まさにそこかもしれないって思ってます。結局「答え合わせ」がないとダメっていう見方が一つのフォーマットになっちゃってる。答えはCMのあとで、となると、特に若い子は待てないんですよね。「テレビは見ない」「YouTubeですぐ答えを見ます」と。答えだけ欲しい。「間」はいらないっていう。

 

魚男 「1から10まで親切に伝えてしまう」というところでは、メディアもそうですもし、「小説」においてもエンディングまで全部書いちゃう、「途中で終わらせない」ことも増えてきているかもしれないですね。はっきりとした答えを求めちゃう人が多い。ちなみに、ここ数年大ヒットしている「鬼滅の刃」はどうでした?

 

栗田 僕は漫画を全く見ずに映画を見に行きました。ちょっとびっくりしましたね。ある意味「べタ」なエンタメなんだけど、あれが今のエンタメなのかな、と。小説でも何でも。見た人全てが「好印象」という。

 

魚男 感情移入できる、主人公が成長して、強くなって、という成長譚ですかね。

 

栗田 うん、全く「裏」がない。

 

魚男 例えば現代人気作家の「推理小説活劇」に毒されてる日本人も多いかな、と。答えがわかる、それが決して悪いわけじゃないけど。

 

栗田 ハリウッド映画と同じように「マーケティング市場主義」で作品が作られて、「いかに金を稼ぐか」という部分はうまくいってる。

 

「香り」に加えて「音」で味わう

魚男 食事するときにはこれまであんまり意識してなかったかもしれないけど、「香り」にフォーカスしてみたりとか。

 

栗田 わりと蕎麦なんかそうなんじゃない?「ズズズッ」て吸い上げるあの音と香りで食べてるんじゃない?

 

魚男 そこに気づく人と、気づかない人がいますよね。多くの人がやっぱり気づかなくなってきてるっていうか鈍化してるのかもしれない。そのあたりをきちんと表現する、言葉にするっていうのは、今の時代では修練になるかもしれないですね。

 

栗田 そうそう。そうしたらたぶん楽しいと思う。特に若い人はそのあたりを自ら閉じてる感じがするので。

 

魚男 飲食店の料理も表現としてはほとんどが「目」と「口」のコミュニケーションで切り取られている。「味は香り」と言われますが、「鼻」と「耳」を楽しませるというエンタメの可能性はまだあるのかもしれない。実は作り手は五感を意識して一皿を仕上げているんでしょうけれど、それを「伝えている」か。もっと言えば「伝える」ではなく「伝わる」言葉を意識して選んでいるか。

 

栗田 麺揚げの時の「チャッチャ」っていう湯切りの音とかも演出だもんね。そこを味わうかどうか。だから蕎麦を食べるときにつゆにどっぷりつける奴は、野暮だって言われちゃうんじゃない? 蕎麦の香りも楽しまずに口だけに頼っちゃってる。

 

魚男 焼肉のタレ、すぐになくなっちゃうなぁ。「味音痴」の前に「食音痴」だな(笑)。楽しいお話、ありがとうございました。

1971年福岡市生まれ。株式会社ビッグマウス 代表。
大学時代からラジオ制作に携わる。

2015年 cross fm特別番組『HAPPY HOUSE ~ The Family’s Starting Point~』で民間放送連盟賞 第11回日本放送文化大賞グランプリ受賞

2018年 CROSS FM特別番組『Let the Good Times Roll!!』が平成30年日本民間放送連盟賞 ラジオエンターテインメント番組部門で、最優秀賞を獲得。

現在はCROSS FM URBAN DUSK、CROSS FM MUSIC AMP、NHK 六本松サテライト、RKB 土曜 de Rを担当。

BIGMOUTH WEB MAGAZINE編集長

SpotifyのPLAYLIST→ http://urx3.nu/Rl6I