食にまつわるエトセトラvol.2

「アナログのイラストって失敗できないのが美徳なので」

塩谷歩波さん:東京高円寺の銭湯「小杉湯」番頭 兼 イラストレーター

東京・代々木上原の人気フレンチ「sio」で、魚男オーナー森がひとめぼれした「図解」。それは「銭湯図解」で注目を集める新鋭イラストレーター塩谷歩波さんが描いた作品だった。塩谷さんが番頭を務める東京・高円寺の銭湯「小杉湯」に押しかけ直談判。九州初の「飲食店図解」がこの秋、誕生することが決まった。ヒアリングと”実測”に魚男を訪れた塩谷さんに話を聞いた。

聞き手:魚男 &「博多炉端 魚男(フィッシュマン)」オーナー 株式会社M&Co森智範

<取材日時>2020年8月24日

塩谷 はじめまして。いま向かいの「本庄湯」で汗を流してきたあとなんです。すっぴんですみません。

魚男 初対面なので言われても、言われなくても気が付きませんでした(笑)森さんが「sio図解」を見て、塩谷さんに連絡を?
sio図解

 ええ。「sio」で目にしたときに、みんな楽しそうで幸せそうですごくいい絵だなと思って、塩谷さんにも会いたいと思いアポを取りました。
http://sio-yoyogiuehara.com

魚男 塩谷さんは、森さんの人間性も見ずにすぐ快諾されたんですか?

 おまえ、悪意があるな(笑)

塩谷 いえいえ(笑)最初はFacebookのメッセージだったので、正直よくわからなかったんですけど、博多に住んでいるライターの友達に「博多炉端 魚男ってどんなところなの?って聞いたら、いろいろ教えてくれて「絶対受けた方がいい」と言われたんです。

魚男 その博多のライターは誰?

塩谷 ユウミハイフィールドさんです。それから、森さんに「一度お会いできれば」とお返事をして、小杉湯にきていただき直接お話しをしました。
小杉湯http://kosugiyu.co.jp/

 代表の平松さんとも話したんですが、彼は朗らかな感じも含めてぼくと一緒のジャンルの人間かなと思った。
株式会社小杉湯 代表取締役 小杉湯3代目 平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ)

魚男 小杉湯に行ってみて、実際どう感じましたか。

 お風呂には入っていないけど、今まさに必要な「集落化した場所」だと思いました。コミュニティが出来上がっていた。若い子たちが多くて、表現するなら「ゆるく強くつながっている」印象があった。みんなでなんか面白いことしている、みたいな。クリエイターが多いですよね。

塩谷 そうですね。カメラマン、webディレクターもいれば、普段は大企業で働いている人もいます。

魚男 どうしてクリエイターが多く集まるようになったのだと思われますか。

塩谷 まず、私たちは銭湯を斜陽産業と見ていないんです。むしろ銭湯は地域のハブだったりまちづくりのヒントになったりする場だと感じています。コロナになる前はいろんなことが発展していて場所とのつながりが薄くなっていたと思います。地方から出てきて一人暮らしの人とかが何のゆかりもない場所に住んでしまって。地元の友達がいないとかがあまりにも寂しすぎる。銭湯はそういった意味で場所との縁をもっています。東京の中でも自分の場所と呼べる場がほしいと言って、ここにくる人がいるんです。
 今はサウナブームもあったりするから、身体を温めるとか、熱湯と水風呂に入る冷熱交互浴とか時代的にすごくマッチングしていたということもあるかもしれません。

魚男 前段の話でいうと、コロナでリモートワークになって家にいることが多くなったら一つの居場所だった仕事場がなくなって実際自分はどこの何とつながっているんだろうということがわからなくなって、サードプレイス的なものが必要になっているんじゃないかと。コミュニティで受け入れてくれるところを探していたでしょうしね。逆に誘い文句はあったのですか。

塩谷 こっち側からはあまりそういうものを出していなくて、自然と集まってきたって感じがするんですよね。

 パロマグリルの初期を思い出しましたね。あの時はメディアの方やクリエーターが勝手に集まってきていた。店にどういう人たちが集まっているかというのは、すごく影響力が大きいと思いますね。

魚男 キーマンとなる人がいるんですよね、小杉湯にも。

塩谷 そうですね。私が代表の右腕のようなポジションで2人で戦略を考えています。

 やっぱり風呂屋の人に見えないです。話していたら。完全にクリエイターです。たまたま風呂屋にいる。

塩谷 そうですね。うちの平松は家業で継いでいるのですが、元々はハウスメーカーの営業で全国一位を取っている人でした。その後ベンチャーを立ち上げて、銭湯を継いでいるので、もともとビジネスの才覚がある人なんです。

 そこらへんの銭湯のオヤジとは大違いですね。

魚男 言葉選びは慎重に(怒)塩谷さん、自然と集まって、コミュニティができて、そこから生まれるものはあるんですか。

塩谷 もちろんです。小杉湯の隣に、持ちアパートがあってそれを取り壊して新しいものを建てる計画が4年前にありました。当時、小杉湯によく来ていた建築家の人にこの話を投げたら、「じゃあトキワ荘みたいにいろんなクリエーターを集めて、その建物をどうするか考えよう」っていう話になり、小杉湯にきていた常連のクリエーターが集まったんです。
それで1年間いろんなイベントをして、今そこに住んでいた人たちが「銭湯ぐらし」っていうグループ名を持って団体になり、彼らが跡地に建てた「小杉湯となり」という3階建ての建物の管理をしています。 1階が飲食店、2階がコワーキングスペース。コミュニティの良さを生かした建物になっています。今は新型コロナ感染対策予防のため会員制です。
小杉湯となり

魚男 福岡にはあんまりないですが「集まってカタチにして発信する」という点に強さがあるのかなと思いますね。そこを「面白い」と思う民度の人たちも東京にはたくさんいる。コミュニティづくりという点ではいまの福岡は「つなげるキーマン」がいないんですよね。ところで塩谷さん、博多は初めてですか?

塩谷 もう4回目くらいですよ。去年、鹿児島に取材にきていて、そのまま博多のライターの友だちと遊んでいました。あとは北九州でも銭湯の取材があって、それで来たことがあります。博多はごはん美味しいですね。森さんのところはコスパが良すぎる。

魚男 描く仕事で九州に来るのは初でしょうか。

塩谷 そうですね。九州で作品を残すのも初めてです。

 そもそも図解をはじめたきっかけは?

塩谷 もともと設計士で、働き始めて1年半で病気になってしまって、うつ病のような状況で出会ったのが銭湯でした。そこで出会ったおばちゃんとかと話している時間が私にとってはすごく良かった。あとは、温冷交互浴が身体にすごくあっていたんです。この銭湯の魅力を誰かに伝えたいと思って、建築の勉強をしていた時に描いていた図解をかいたのが2016年でした。

魚男 4年でどれくらい描いたんですか。

塩谷 銭湯は70軒くらい描いていると思います。飲食店などを描き始めたのが最近で、今年に東京代々木上原にある一つ星フレンチレストラン「sio」と仲良くなって描かせていただきました。

 あれは「sio」からの依頼だったのでしょうか。

塩谷 小杉湯とコラボしようというなかで、そういった話になりました。

魚男 フィッシュマンは飲食2軒目?

塩谷 そうですね。本当に嬉しいです。私は小杉湯の正社員をしながら、フリーランスとしてイラストを描いています。ダブルワークを始めたのが2020年1月からで、いつかは飲食店の絵も描きたいなと思っていたので、こういった機会をいただけて本当に嬉しいんです。

魚男 森さんとしての狙いは?

 言葉や理屈では伝わらない表現。こういう店でありたいなというものが「sio」のイラストを通して想像した。「この絵の中に入ってみたい」って思いましたね。

魚男 何を描いてくれというオファーは聞くんですか?それとも塩谷さんが感じたものを描かれている?

塩谷 店のことをただ伺うだけじゃなくて、依頼者がどんな想いを持っているのか。絵を依頼いただくというのは何か考えがあってのものだと思うので、その気持ちに常に寄り添うのが役割ですね。なので、結構踏み込んで人として分かち合うところまでいきたいなと思っています。

魚男 相手の心の背骨をがっちりつかむんですね。どこから描き始めるといったルーティンはあるのでしょうか。

塩谷 まずは実測と図面の情報から、平面図を描く感じで描き始めます。最初はすごく機械的ですね。そのあとに、場所の色合いとか水彩で表現していく。最初はコピー用紙でトレースして水彩紙に描いていきます。仕上げは水彩です。A3サイズなんですが、ものすごく細かいんですよ、絵は。
下書きができた段階、ペン入れの段階でクライアントに見せながら完成させていきます。

魚男 完成までには何度か描かれるのですか。

塩谷 アナログのイラストって失敗できないのが美徳なので。普段ならインタビューしてすぐ描きあげるんですが仕事が溜まってまして。10月中には絶対にあげます。

 なるはやで(笑)


2020年10月19日更新

魚男図解、ついに完成!
https://sakanaotoko.com/fishman-zukai/

 

塩谷歩波(えんや・ほなみ)/ 1990年生まれ。

高円寺の銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーター。早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に勤めるも、体調を崩す。休職中に通い始めた銭湯に救われ、銭湯のイラスト「銭湯図解」をSNS上で発表。 これが評判を呼び、小杉湯に声をかけられ番頭として働くようになる。 NHKドキュメンタリー「人生デザイン U-29」、「情熱大陸」など数多くのメディアに取り上げられている。 2019年に書籍「銭湯図解」を中央公論新社より刊行。好きな水風呂の温度は16度。